禿山(トクサン)洞牛市場で内臓系を食べよう

ソウルで肉市場といえば「馬場(マジャン)洞畜産物市場」は有名ですが、禿山(トクサン)洞には「トクサンドン牛市場」があります。ハゲヤマ(禿山)じゃないよトクサンだよ。

地下鉄1号線禿山(トクサン)駅1番出口を出て、通りを真っ直ぐに行った辺りが「トクサンドン牛市場」。禿山駅前の周辺案内地図に日本語表記もあります。もっと広範囲の地図を撮るべきだった。周辺に詳しい方に案内していただき、禿山駅から先日ご紹介した朝鮮族タウン「加里峰(カリボン)」を散策しました。



1963年までソウルの畜産物市場(家畜取引場および屠殺場)は東大門の東側、スンイン洞(1号線東廟駅付近)あたりにありました。

1963年にマジャン洞に屠殺場が移転し、自然とマジャン洞一帯に畜産物市場や焼肉屋街が形成されます。それ以降、長らく賑わいを見せたマジャン洞ですが、馬場洞の土地開発に加え、周辺住民の訴えもあり、1998年に畜産物市場はそのまま残し、屠殺場だけが閉鎖しトクサン洞へと移転することになりました。

1998年からはトクサン洞がソウルの畜産物流通の中心となります。当然、マジャン洞市場の肉もトクサンから送られていました。ですが、近隣住民からの反対で2002年に屠殺場が閉鎖。

2010年には、ソウル市内に1箇所だけ残っていたカラク洞の屠殺場も、同じく周辺住民の訴えにより閉鎖しました。

馬場洞も禿山洞も、食肉市場や焼肉屋街はそのまま残って今も営業していますが、現在ソウルの畜産物市場で流通している畜産物は、すべて地方から運ばれてきているものです。

禿山駅からまっすぐ来ると、通り沿いにかつての屠殺場があり、道路の両側には食肉の卸売店が並びます。精肉店、特殊部位が食べられる焼肉店などあります。マジャン洞に比べて、規模は小さめです。



道端には骨など捨てる部分を詰めたたくさんのずた袋が置かれ、血がにじんでいます。今の季節でこそ、ハエがたかり、臭うので、夏は酷い臭いとハエに悩まされそう。

通りかかったアジョシが押している一輪車から、大きな赤い塊が地面に落ちました。それは、丸ごとの牛の肝臓の塊。一輪車には他の内臓なのかゴミのようなドロドロの肉片が乗っています。アジョシは何事もなかったかのように、地面に落ちた肝臓の塊を拾い上げると、一輪車に乗せて去って行きました。「その肉は食べられないの?」と聞くと、「食べる」と答えが返ってきました。

もしかすると、あのずた袋の中身も食べるのかも、なんて思ってしまう。



大きな牛の頭の毛をカミソリで剃っています。



ひととおり、生々しい肉を見た後、食べます。



スンデクッ、ソネジャンタン、スンデ、スルグク、モリコギ、ネジャンポックムなど、メニューは内臓系です。



狭いながら店内に席がありますが、韓国っぽく外の席でいただきます。



内臓を乗せた一輪車が行き交うし、包丁を手に持ったアジュンマが通るし、レアな光景を眺めつつ、内臓をいただきましょう。



スンデクッ6,000ウォン。



韓国っぽい。



スンデクッを食べた後、禿山(トクサン)駅の方まで戻り、駅前の大通りを歩いて、加山(カサン)デジタル団地、加里峰(カリボン)方面へ。
加山(カサン)デジタル団地の裏側「九老(クロ)工業団地労働者生活体験館」
朝鮮族タウン「加里峰(カリボン)」で食べる本場のヤンコチ10本5,000ウォン!

街路樹の桜と、ケナリ(朝鮮レンギョウ)のコラボ!



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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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