サンティアゴ巡礼14日目

【巡礼14日目】10月5日(水)
Hontanas(オンタナス)→Boadilla del camino(ボアディージャデルカミーノ)30km

午前5時に起き、アルベルゲの朝食2ユーロを食べる。ホットチョコレートとチョコクロワッサンを注文。ホットチョコレートではなく、ホットミルクにインスタントココア風ドリンクの素コラカオ?(colacao)を溶かす。ビタミンが入っていることを願う。



体調が最悪で歩ける気がしない。普通なら家で1日ゆっくり寝て休むのに、よりによって30kmも歩かなければならないなんて…なんの罰ゲーム?これまで絶対に送らなかったバックパック、初めて送ることにした。送料は5ユーロ。



午前6時半出発。ライトを持っていない数人が歩きにくそうなので、私は照らしながら追いかける。しかし歩くスピードが速くて追いつけない。そうしたら、私の後ろでライトを持っていない2人のうち1人が、私に「速い」と少し嫌な口調で言った。「では先を歩いてください」と言うと彼らも速いやん。なんかムカつく。そのうち空が明るくなってきた。

廃墟となった修道院跡「サン・アントン」のアーチをくぐる。現存する建物は14世紀のものだそう。ああ…この後は写真を撮る気力さえなし。実際にこの日はこれ以降私が撮った写真がないのでゴンさんが撮った写真を使用。



カストロヘリスの村のバルで休憩。コーヒーではなくカモミールティーを飲んでみた。元気が出ない。ここからタクシーで行くか少し迷ったけど、せっかくバックパックを送ったというのもあるし、やっぱり歩こう。

バルを出てしばらく歩いてからは気力さえなく、意識もうろうとしていた。ただ脚だけは前に出せば進んでいる。

私が風邪だと知って、スジさんが手袋を貸してくれた。手袋がないことに慣れてしまっていたけど、そういえば手が冷たい。手袋をはめたら温かくなってきた。手袋は準備しなければならないものの1つだ。次回は必ず持ってこよう。スジさんはもう1つ持っていると言うのでずっと使わせてもらった。ありがとうスジさん。

小さな聖堂か何かがポツンと建っている。中に入ると休憩ができるようになっていて、私は倒れ込むように椅子に座った。



スジさんもつらいはずなのに、私にすごく優しくしてくれる。私はスジさんが風邪をひいていることも知らなかった。ごめんなさいという気持ちと、自信があっただけに、最後まで歩けないかもしれないと思うと泣けてきた。聖堂の中にいる人が慰めてくれたから、またさらに泣いてしまった。「ここに泊まってもいいよ」と言ってくれたけど、皆と一緒に歩かなければならないから駄目だ。あと10km…歩くしかない。

アルベルゲに到着したらゴンさんが心配して待っていてくれた。ベッドに横になると寝袋2枚と毛布2枚掛けてくれた。しばらく眠っては、時々暑くて起きる。

私たちのグループではない韓国人女子約2名のはしゃぎ声で目が覚めた。他の外国人などに大はしゃぎで声をかけている。英語上手いアピールなのか?

私が風邪で寝ていることを知っても変わらず大声。しばらく我慢したが一向に静まりそうにない。キャハハハ~と大きな笑い声にウンザリして私は部屋を出た。

風邪薬を飲むために、食堂でスープを注文。肉と豆のスープ、あまりおいしくはないけど身体に良さそう。

部屋に戻ったらうるさい人はいなくなっていた。よっしゃ、また寝よう。明日の体調はどうなるかが心配。とりあえず寝るしかない。

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コメント

No title

風邪、大変ですね。
私も2015年の5月から6月に掛けて同じ道を歩きました。
そして同じく風邪を引きました。
風邪を引くと大量の汗をかくので、アルベルゲで貰える紙のシーツを巻き付けて歩きました。
紙なので汗は吸わないけどシャツが濡れないので気に入りました。笑

韓国人のグループは沢山いましたが、殆どは楽しい人達だったです。
ただ、小数ながらブログに登場したような連中もいて残念でした。

私は2日後に銀の道を歩くべくスタートします。

Re: No title

おくの様、コメントありがとうございます。
実際に同じ道を歩いた方からのコメント嬉しいです!
銀の道、歩かれるんですね!遠くから応援しています。
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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