サーリン村「パーコー市場」サンデーマーケット

本当は朝早くチェックアウトしたかったけど、朝食は午前7時から。せっかく朝食付きなので食べて行こう。サパの宿でも出てきた薄っぺらいパンケーキだ。正直おいしいものではない。



少数民族が集まるというパーコー市場のサンデーマーケットに行きたい。マイチャウからパーコー市場への行き方は、夕飯をいただいた「マイチャウハンドメイドショップ」の方に聞いておいた。

マイチャウロッジがあるメインストリートから緑色のバスで国道6号線まで出れば、ソンラー方面行きのバスが頻繁に来るそう。

メインストリートを歩きながら、緑色のバスを待つ。朝市が開かれていて、良い暇つぶしになった。





緑色のバスが来た!このバスは30分間隔で短距離を走っているよう。国道6号線までのバス代は10,000ドン(約50円)。



国道6号線の合流地点でバスを降りる。ハノイ方面へのバスを拾うならこの辺りで拾えるはず。



ソンラー方面へのバスは反対車線。



ガソリンスタンド前でソンラー方面行きのバスを待つ。



30分以上待ったか?ソンラー行きのバスが来た!



パーコー市場のあるサーリン村(Xa Linh)で降りたいが、バス代がわからないのでまず50,000ドン(約250円)札を1枚渡した。もう1枚よこせとの動き。ハノイからマイチャウまで約4時間バスに乗って、払った金額が70,000ドンなのに、サーリン村まで50,000ドンで足りないはずがない。おかしいと思いながらも、50,000ドン札をもう1枚渡した。

私の隣に座っていた若い女の子たちが、バス代を回収するスタッフに抗議してくれて、結局50,000ドン札は1枚返してもらえた。それでも多く払っているような気がするけど。

バスに乗っていた時間は30分くらいかな?降りるよう言われたのでバスを降り、隣に座っていた女の子たちの写真を撮ろうとしたら、お金をチョロまかそうとしたバス代徴収スタッフがうまいこと写り込んだ(笑)。



パーコー市場がどこにあるのかわからないが、国道沿いから入る道を進んでみる。



人が集まっている。



「CHO PA CO(パーコー市場)」だ。





このカゴ欲しいけど、重い。



かっこええなぁ。背負い紐は、空き袋をリサイクルして作ってあり、それぞれ模様が違っておしゃれ。欲しい。



完璧な民族衣装を着こなす人は少ないけど、民族風の小物を取り入れてそれぞれおしゃれを楽しんでいるよう。ここでは、少数民族の普段着の姿が見られる。

民族風の男性はあまりいない。この着こなしは正統派ではない気がする。

















この屋台で揚げたソーセージを買って食べた。



売っている商品は野菜や肉、民族衣装、洋服、手芸用品、日用品など。規模は小さく、すぐに1周してしまった。



何の変哲も無い生成りのコットン生地を購入。1m20,000ドン(約100円)を4mお願いしたが、6m100,000ドン(約500円)にしてくれたので6mも買ってしまった。いつになるかわからないけど、この布で服を作ろうと思う。



チロリアンテープが安いので、2種類購入。



プラスチック製の背負いカゴもある。色合いがかわいい!





女、働く。男、寝る。



女、働く。男、遊ぶ。







パーコー市場に到着したのは午前9時頃だったと思う。10時頃にはお店を片付け始め、買い物客も少なくなる。もっと朝早く来ればよかった。私もそろそろハノイに帰る。



バスを降りた場所に戻ると、ちょうどハノイ方面へ向かうバスが停まった。ハノイのミーディンバスターミナル行きのバスに乗りたいので「ミーディン?」と確認したら、そうだそうだと頷く。

バスの通路は荷物でいっぱいで、荷物をまたぎながら1番後ろの座席へ。



途中のドライブインでトイレ休憩。私の乗ったバスがミーディン行きではないのは、薄々わかっていた。



田舎のドライブイン、おもしろい。



壺酒「ルーカン」も売っている。4リットル130,000ドン(650円)。



トイレは個室とオープンタイプがある。水はバケツ式。



通路をふさぐ荷物のせいで通路は歩けない。こんな風に乗り降りする。



サーリン村からハノイへのバス代は120,000ドン(約600円)払った。途中のドライブインから乗ったベトナム人が隣に座った。バス代は私と同じ120,000ドンと言われ、かなり渋っていたが安くはならなかった。私が外国人だから高いわけではないようだ。

案の定、ミーディンバスターミナルまでは行かなかった。降りるよう言われた場所は高速道路?ここにタクシーが待機している。他の乗客たちはタクシーに乗ってどこかへ行ってしまった。私はここからジョタンの家まで歩いた。ミーディンバスターミナルから歩いてもほとんど同じ距離なので、まあ許す。



ジョタンのアパートが見える。



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コメント

No title

民族衣装の割合が減りつつあるようですが、高層ビルのあるハノイから、わずか数時間という立地を考えたら、むしろあと5年先、このような市場が残っていてくれるかどうかが心配です。
あの丸太で作った柱のお店や、手編みの籠を売っていたり、貴重な空間だと思います。
モン族の染織布も、手織りみたいですし、ハノイ近郊なら、いつか行ってみたいですね。

Re: No title

べえべえべえ様おはようございます。
パーコー市場からハノイに帰って来たら外国に来たようで驚きました。田舎と都会の差が凄いですね。住んでいる人も違うし。
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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