ハプニング発生

ペクサマウルを後にしバスに乗り込みましたが、ハプニングが発生します。

バスに乗り込んだものの、そのバスは目的の駅には向かっていないことに気付き、一旦バスを降りることにしたのです。

ところが、慌てて降りたせいで、バスにカバンを忘れちゃったって!私じゃなくてね、ユナーさん!

カバンの中にはパスポートやクレジットカードなど貴重品も入っているとのこと。

ユナーさんはバスを降りてすぐにカバンが無いことに気付いたのですが、バスの姿はすでに見えず。どうしたらいいのかわからず、めちゃくちゃ焦ってしまいました。

とにかくバスの運転手になんとか連絡を取るしかないと思い、一旦なんでもいいので来たバスに飛び乗り、運転手にどうしたらいいか尋ねたら「事務所に電話しろ」…それだけ。事務所の番号は教えてくれなかったので、バスに書いてあったそれらしき番号をとりあえずメモ。

電話をかけたくても私達3人の誰1人として、電話を掛けられる端末を持っておらず。こんな時には携帯電話の必要性を改めて実感しますね。

またバスを降り、公衆電話の場所を聞くために、そこにいたおじさんに声を掛けました。困っていることを察してくれたのか事情を聞かれ、事情を説明。

そのおじさんがとても親切で、作業中だったにも関わらず手を止め、直接どこかに電話を掛けてくれています。

おそらくダサンコールセンターに掛けてくれていたよう。そしてバス会社の事務所にも連絡してくれた(と思います)。

まだカバンがあるかどうかはわからないけど、バスの運転手に連絡が行くから、バス会社の事務所に行って待つようにとのこと。

カバンを忘れたバスは一定のルートを1周すると、出発点に戻るバス。1周に約35分掛かるとのこと。

出発点はさっき乗ったペクサマウルのところ。そこに事務所があるのか?運転手さんらしき人が固まっていたので聞くと、事務所ありました。



そして事務所のデスクで仕事中の所長らしき人に詳しく説明。しかし、ちょっと恐い雰囲気…私の韓国語、あまり伝わってない?乗った場所、バス番号、時間、カバンの色、カバンを置いた場所を必死に伝えました。

ちょうどラッシュアワーの忙しい時間…もし他の乗客が持って行った場合は、まず見つからないと言われてしまいました。

カバンに入っていたパスポートが戻って来なければ、翌朝に予定していた帰国便には乗れない!

私達一同、顔面蒼白…

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コメント

いや~ホントあのときはビビりましたね
mikiサンにもいろいろご迷惑かけちゃって
すいませんでした!
でも韓国の人のやさしさに助けられて
本当にありがたかったです。

Re: タイトルなし

ユナーさん
私も人のことは言えませんが、忘れ物には気を付けてくださいね!
大切なものは、腹巻型の袋。私結構使いますよ。旅先ではパスポートと余分なお金なんかはそっちに入れていました。
一度トラブルを乗り越えると、これからに活かせると思います。私も勉強になりました。
韓国で困ったらダサンコールセンター(120)ですね。

パスポートをセイフティボックスに入れたのを忘れて、そのままカヌーに乗って川をくだり、国境で提示するときに初めて気がつき、戻るのに2倍の料金をふっかけられ、でも仕方なく。泣く泣く帰った苦い記憶が・・・まるまる無事で何よりでした。本当によかったですね!

Re: タイトルなし

りうめいさん
セーフティボックス、普段使わないから出し忘れそうです。
貴重品を枕の下に敷いて寝て、そのままチェックアウトしちゃったって人もいます。
肌身離さずが、1番安心かも知れないですね。
ユナーさんもりうめいさんも、手元に戻ったので良かったですね!
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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