花蓮の虜

【2014年12月27日】
歩行距離:新城→花蓮 17.8km
出費:434元

午前6時半頃にお寺を出発し、9号線を南に歩き、昼過ぎに花蓮駅に到着。

虹色の橋の上、車で通りかかった仏教寺の方から手作りの饅頭をもらいました。





タッパーごと私達に持たせてくれようとしました。元々は自分で食べる為に作ったんじゃないかな?全部もらっては申し訳ないので、でも4個もらいました。



花蓮駅前の観光案内所で休憩を兼ねて、ブログ更新。



観光案内所でもらった花蓮市内地図を頼りに「鉄道文化園区」へ。



鉄道文化園は、花蓮新駅(現在の花蓮駅)ができるまで花蓮駅として使われたが、1982年に廃駅。現在、鉄道遊廊商圈として一帯が整備され、日本統治時代の1909年に台湾東部の鉄道敷設と道路建築のために設けられた「鉄道部花蓮港出張所」が鉄道文化館として公開されている。2002年には歴史建築として登録された。東部幹線敷設工事で命を落とした作業員のために建てられた「奉公献身紀念碑」も残っているが、国民党軍によって「接収紀念碑」と文字が彫り直されたそうです。





雨が強くなってきたので、周辺にテントを張れそうな場所を探していたら、鉄道文化園区内のカフェを訪ねるようアドバイスをくれた方がいた。テントを張らせてもらえる雰囲気では無かったんだけどなぁ…

私達は気が弱いところがあって、テントを張らせてもらえるか聞く時に緊張してしまう。ゴンさんが勇気を出して台湾語で聞いてみると、即答でオッケーが出て、ホッとする。私が1日で1番ホッとする瞬間。寝る場所があるというのは本当にありがたい。

さらにありがたいことに、カフェがある建物内の物置部屋を使わせてもらえることに。



コーヒーとおやつはご馳走になってしまった。



カフェ内にはセンスの良い雑貨も販売されている。



週末だったので外のスペースではライブが行われ、たくさんの若者達が集まっていて楽しい。良い出会いもあった。



夜は、近くのナイトマーケットへ。食べ物の屋台は少なく、ほとんどがゲーム屋台。閉まっている屋台が多く、お客さんは少なくて、閑散としてさみしい。



夜市に行かなくても、花蓮の街中は夜遅くまでたくさんのお店があり、楽しむことができる。

昼間に前を通った時に気になったお店があったので、そこに行ってみた。夜はさらに混んでいる。



小籠包6個30元、蒸餃30元を注文。店内で食べるのに、ビニール袋に入れられてしまった。座る席がないほど混んでいる。



小籠包と言っても、皮が小籠包と違い肉まんの生地で、小さな肉まんかな。蒸餃はまさに蒸し餃子で、中の具は同じ。にんにくが効いていておいしい!久しぶりの食後のにんにく臭が韓国を思い出させた。台湾では一般的には日本と同じくにんにくをたくさん使わないらしい。

久しぶりに繁華街の散策を楽しんだ。花蓮は自然も多いし、見どころも多くて、花蓮の虜になった。1番の原因は出会った人に寄るところが大きいかもしれない。

「鉄道文化園区」のDavid。



施安は、二胡とバイオリンがめちゃくちゃ上手くて頭も良い男子。



お客さんとして来店した2人。男性は日本と台湾のハーフの俊君は台北に語学留学中。どう見てもカップルにしか見えないんだけど、いとこだそうです。



みんなにまた会いたいです!



翌日の日曜日にはマーケットが開かれるので、それを見てから出発。とても楽しくて、いつまでも居たい反面、Davidがあまりにも良くしてくれるのでいつまでも甘えてはいけないと、出発を決意!

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コメント

出会い

いい街での、いい出会い!。こうして旅の女神が微笑んでくれる時間を、たのしみに、きびしい歩き旅を継続してください。ご自愛のうえでね。

Re: 出会い

敬助さん、ただ歩くだけではなく、時々楽しいことや出会いがあるので楽しいです。まだまだあと2ヶ月も…頑張ります。
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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