台湾の熱気球の名所「鹿野」

【2015年1月6日】
歩行距離:鹿野→台東 10km
出費:1,063元

コーヒー農場で迎えた気持ちの良い朝。



鹿野の農場で採れた自家焙煎のオーガニックコーヒーと農場のお母さんの手作りサンドイッチをいただきました。レタスも卵も採れたて新鮮。これぞ贅沢の極みです。



初めて食べたおいしい釈迦。普通の釈迦を品種改良した高級な鳳梨釈迦は、梨とパイナップルを合わせたような味。



こちらは普通の釈迦。とろっとして甘いです。











朝ご飯の後、お父さんが鹿野を車で案内してくれることに。





鹿野郷龍田村には1915年(大正4年)から日本人が移住を始め、碁盤の目の町並みの日本人村が造られました。

日本統治時代の建築物「鹿野区役場」、屋根がトタン葺きから瓦葺きに修復されたそうです。



中には入ることができなかったので、ガラス越しに覗き込んでみました。当時のまま時が止まっているようです。





1917年(大正6年)に創立された鹿野尋常高等小学校(現在の龍田國小)の一角にも古い建築物が残されています。こちらの建物は当時の校長宿舎。



隣の建物は託児所。



小学校の敷地内には樹齢100年の老木が時代の移り変わりを静かに眺めています。



赤い道路は龍田緑色遂道(グリーントンネル)。道路に寝転んで景色を眺めるのが人気なのだとか。



周辺にはパイナップル、バナナ、釋迦、お茶などが栽培されています。コーヒーもお茶もフルーツもあるなんて完璧!



鹿野高台にも連れて行ってもらいました。高台に芝生の広場があり、ここでは2011年から毎年6~8月に熱気球フェスティバルが開催されています。



こちらはパラグライダーの飛行場。







お世話になったコーヒー農場「356珈琲」との出会いで台湾をさらに大好きになった。私にとって鹿野は台湾で1番好きな場所かもしれない。



美しい鹿野を出発。



原住民野球選手かな?



台東まで約20km。



赤いカメムシの集会。



鹿野から10kmほど進んだ所で、台東に向かう途中で私達を見かけ引き返して来てくれました。一緒にアイスクリームを食べに行くことに。



アイスクリームをご馳走になってしまった!光復で食べたアイスクリームと似ている。また食べたいって思ってたからめちゃくちゃ嬉しい!しかも1人1個!贅沢!



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コメント

赤いコーヒー豆と赤いカメムシの色がシンクロ度高いね。

そして背景の柔らかい青をした空が南国的でステキですね。


台湾にも移住村があちこちあることに驚きを隠せません。写真どうもありがとう、畳部屋に差し込む光もまた柔らかい感じだな。


ブログがアップされる度に濃さを増す穏やかなアジアな雰囲気。漢字が出てくると逆にハッとします。

ソウルから二人の旅、いつも応援しております。

Re:

りうめいさん、こんにちは!私達は今は台東にいます。ここは南国のようなゆっくりとした時間が流れているようです。
台湾の東側は、大規模な移民政策により日本人村がいくつかあったそうです。台湾の人々が大切に残してくれていることに感謝ですね〜!

いや~景色のよい所ですね!!
ツアーでは絶対見れないこんな風景ですよね
めっちゃ見てみたくなりました!!

Re:

ユナーさん、同じ台湾でも台北と台東は気候も風景も違うのでとても楽しいです。台東はぜひゆっくりして欲しいです。

この果物「釈迦」って言うんだ!なんかありがたそうな名前だねぇ^^
台湾に行ったとき、屋台でこのジュースとか売ってて謎だったんだよ。
たまたまチャンスが無くって見るだけだったんだけど
今度行ったときは、ぜひ食べてみたいな。

Re:

azumiちゃん、お久しぶりです!釈迦の頭に似ているから釈迦という名になったそうです。デコボコの多いのは甘ったるいけど、デコボコの少ないのはあっさりだよ。今が旬で、台東の名産なので、ぜひ台東で生のやつを食べて欲しいな〜!
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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