宮南池 (クンナムジ)

先週末に参加した韓国観光公社主催の在韓日本人ネットワークブログ記者団モニターツアー。扶余(プヨ)・公州(コンジュ)1泊2日の旅の様子を少しづつ更新しています。

宮南池(グンナムジ)は、百済の別宮にあった韓国最古の人工の池とされています。蓮の花が水面を覆い、周囲には柳が植えられるなど、新羅や朝鮮、日本の造園技術にも影響を与えたされるほど素晴らしい造景を持つ池。



百済滅亡時と同時に荒れ果ててしまいましたが、池の中央の東屋や、東屋にかかる橋などが再現されています。



ここでも、撮影ポイントの目印を発見!



島の上には抱龍亭という東屋が建てられています。誰でも自由に橋を渡って行くことができます。



暑い日は、ここで夕涼みしたら気持ち良さそう~!



池の周辺からは当時の井戸や瓦など百済時代の遺物や遺跡が発見されています。また宮南池には百済第30代国王である武王(ムワン)誕生の言い伝えが残っています。



【宮南池に伝わる薯童と善花姫の愛の物語】
百済法王の時代に池のほとりで暮らしていた女人が池に住む竜神と通じ、薯童(ソドン:後の武王)を出産。成長した薯童は当時美人として名高かった新羅の王女である善花(ソナ)の歌(薯童謡:ソドンヨ)を作り、芋を配って子供達に歌わせました。その歌は「善花王女は夜毎薯童を訪ねる」という内容だったため、これを伝え聞いた新羅の王が怒り王女を追放しました。

薯童は追放された王女を連れて百済で共に暮らします。そして徐々に人心を掴んだ薯童は跡継ぎのいなかった法王の跡を継ぎ百済の王となりました。

武王となった薯童は宮南池の敷地に離宮を建て、水を引き込んで風流を楽しみながら、故郷である新羅を離れた善花姫の郷愁を慰めたと伝えられています。

この物語がもとになった時代劇「薯童謡(ソドンヨ)」は、日本でも放送されていました。百済の歴史に触れ、時代劇にも少し興味が湧いてきました。

池の東側には百済時代の建造物の輪郭を知ることのできる礎石が残っており、百済時代当時の瓦が多数出土しています。その近くには、大理石が積み上げられた八角形の井戸があり、百済時代から現在まで、未だに飲料水として利用されているとか!

宮南池は、韓国随一の蓮の名所でもあります。宮南池の周りには散策路が整備され、蓮池にはたくさんの種類の蓮と睡蓮が育てられています。







ところで、蓮と睡蓮の違い、わかりますか?

ヒント:下の写真は蓮。



ヒント:この池には睡蓮。



答え:睡蓮の葉は水に浮かんでいて、葉には切れ込みがあります。蓮の葉は水面に浮かばず、水面より上の方に茎を伸ばし、葉には切れ込みがなく円形です。ちなみに、蓮の根がレンコンですね。

ついでにもう少し調べてみました。蓮も睡蓮も、早朝に花が開き午後には花が閉じます。開花期間は3日で、4日目に花びらが散ってしまうそうです。蓮は花が開く時に「ポンッ」と音がなるという話を聞いた事があるのですが、それは本当かどうかわかりません。



蓮の花が満開となる7月には「扶余薯童蓮祭り(プヨ・ソドン・ヨンコッチュッチェ)」が開催される。蓮の花と関連した体験および展示イベントが準備されており、紙で蓮の花作りや蓮の花石鹸作りなど蓮に関する体験イベントのほか、時代劇「薯童謡(ソドンヨ)」にちなんで薯童と善花(ソナ)ナイトパレード、ランタンの打ち上げ、文化芸術公演など多様なプログラムが開催される予定。※2015年度は、7月10日~7月19日。

水車を回そうと、一生懸命なアジョシが微笑ましかった。もちろん、その後やってみましたよ!でも、結構怖い…



大きなブランコも大人気でした。



【宮南池】
住所:忠清南道 扶余郡 扶余邑 東南里 117(충청남도 부여군 부여읍 동남리 117)
電話:041-830-2512
アクセス:ソウルの南部ターミナル(地下鉄3号線南部ターミナル駅)で扶余(プヨ)行きのバスに乗車し、扶余市外バスターミナルで下車。(約2時間30分所要)扶余市外バスターミナルから徒歩10~15分所要。


韓国観光公社在韓日本人ネットワーク
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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