世界遺産「石窟庵(ソクラム)」

仏国寺から石窟庵へは、仏国寺前から1時間に1本、シャトルバスが出ています。バス乗り場は、仏国寺の駐車場から道路を渡ったところです。



シャトルバスの路線番号は12番です。バス料金は片道1,500ウォン。



約15分で、石窟庵前の駐車場に到着。



駐車場から石窟庵の入口に向かうと、階段の横に大きな鐘があり、1人1突き1,000ウォンと書かれています。



階段を上がったところにあるチケット売場でチケットを購入し、入場。



入口から森の中の道を10分ほど歩くと、前方に石窟庵が見えます。



木造の前室の後ろが古墳のように丸く盛り上がっていて、この下に石窟があるのです。



石窟庵への階段の手前には「甘露水」という湧き水があり、これを飲むと若返ると言われているらしい。水が横に流れているの見えますでしょうか?本当に風が強くて、寒かったです。



木造の建物は後から作られたものです。この建物内は、写真撮影禁止です。



石窟入口はガラス板で覆われているため、前室からガラス越しにしか見学することができません。


(パンフレットより)

石窟庵は仏国寺と同様に、吐含(トハム)山の中腹に位置します。もともとは仏国寺に付随する庵として建てられました。石窟庵という名の通り、切り出した石をドーム型に組んで作られた石窟寺院です。高さ3.4mの釈迦如来像を中心に、周囲には仁王像、四天王像、菩薩像などが配置されています。

石窟庵は8世紀に建てられましたが、儒教を中心とした朝鮮時代が500年以上続き、仏教は弾圧されたため永らく放置されていたそう。

私が参考にしたガイドブックよると、石窟庵は日帝強制占領期に日本人の郵便局員によって発見され、その後、日本の誤った復元工事により石窟庵の風化を早めた、などと書かれていますが、ウィキペディアによるとそうでもないらしいです。

以下、ウィキペディアより引用


1909年、郵便配達員が配達のため吐含山の峠を越えようとしたところ、突然豪雨に見舞われ山中の洞窟に逃げ込んだ。その洞窟の中に偶然仏像を発見した。当時の石窟庵は崩壊寸前で、倒壊の恐れがあった。天井が抜け落ち、仏像に直接雨が当たり、周囲の仏像の配置もすでに不明で、全体の半分以上が土に埋もれていた。

日本統治時代の1913年から1915年にかけ、日本により三度にわたる大規模な修復工事が行われた。最初の補修後に湧水が発見され、排水溝が設置された。韓国では、日本の補修でセメントを使用した結果、換気が難しくなり、石窟内に溜まった水によりセメントが溶かされて花崗岩の彫像が侵食されたり、本尊仏の下の地下水を集めて排水する機構が失われて地下水で冷やされた石に水分が凝固するなどの問題が生じた、としている。しかし、1944年には、現地調査に基づく石窟庵研究書である米田美代治の「朝鮮上代建築の研究」が発行されており、補修後20年を経た日本統治時代終盤でも石窟庵に異常はなかったと考えられる。 京城で展示するために分解移動した後、復元を誤ったためにいくつかの石材は余分になり、元の姿が失われることとなった。

朝鮮戦争前後の混乱期に再び放置されたが、1961年から1963年にかけて韓国の文化財管理局の主導で補修工事が行われた。湿度の問題を改善するため、後部をさらにセメントで塞ぎ、全面をガラス張りにして人工的に除湿したが、見物客から排出される二酸化炭素などによる花崗岩の損傷が指摘されることとなった。また、1961年に建てられた木造の前室も換気を妨げる要素とされる。

また、仏像の配置は日本がデタラメに並べたとして、仏教の経典に照らし合わせ、独自の並べ替えを行った。しかしその補修後、発見当時の石窟庵の写真および事前調査の詳細な配置図が見つかり、日本が行った補修・配置が正しかったことが発覚した。しかし配置は今なお復元されていない。


(発見された当時の石窟庵)



石窟庵の周囲には、分解作業により配置する場所がわからなくなった石材が並べられています。



石窟庵の前から下を見下ろすと、高い山の中に建てられていることがわかります。



こちらには願い事の書かれた瓦がたくさん積まれています。



様々な国籍の方が訪れているのがわかります。慶州では、実際にたくさんの外国の方の姿を目にしました。



石窟庵駐車場には展望台があって絶景を見下ろすことができます。





午後5時発のシャトルバスに乗り仏国寺で下車。10番か11番のバスに乗り換え、慶州市内へ戻ります。

【石窟庵(ソクラム)】
住所:慶尚北道 慶州市 進峴洞 999(경상북도 경주시 진현동 999)
電話:054-746-9933
時間:09:00~18:00(3~10月)、09:00~17:30(11~2月) ※年中無休
料金:大人4,000ウォン、中高生3,000ウォン、小学生2,000ウォン ※6歳以下の子ども、65歳以上無料
アクセス:慶州駅より10番、11番バスで仏国寺下車(約40分)、KTX新慶州駅より700番バスで仏国寺下車(約70分)、仏国寺から石窟庵へはシャトルバス(路線番号12番)で約15分。※片道1,500ウォン
ホームページ→http://www.sukgulam.org

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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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