韓国紙幣の肖像画となった偉大な親子の生家「烏竹軒(オジュッコン)」

続いて訪れたのは「烏竹軒(オジュッコン)」。五千ウォン札に描かれている朝鮮時代の学者である栗谷李珥(ユルゴッ・イイ)と、その母で五万ウォン札に描かれている申師任堂(シンサイムダン)の生家です。



入口を入ると、栗谷李珥(ユルゴッ・イイ)の銅像があります。



境内は烏竹軒をはじめ、文成祠、サランチェ、御製閣、栗谷記念館、江陵市立博物館などがあります。







そしてこちらは、旧五千ウォン札の裏に描かれている景色。



ここから撮ると同じ写真が撮れるというフォトポイントもあります。



烏竹軒(オジュッコン)は朝鮮時代初期の建築物です。建築史跡の面において重要性を認められ1963年に宝物第165号に指定されました。



烏竹軒(オジュッコン)の右側の部屋、夢龍室(モンリョンシル)で栗谷李珥が生まれたとされています。申師任堂が黒く輝く龍の夢を見た後、栗谷李珥を産んだという話から夢龍室と呼ばれているそうです。



詩、絵、書道に堪能な朝鮮時代最高の芸術家でもあり、韓国の良妻賢母の代名詞としても知られる申師任堂。この方が五万ウォン札の肖像画の方です。



さるすべりの木は、花の咲く期間が100日間もあるということから百日紅とも呼ばれ、烏竹軒を守る守護木です。



樹齢600年と推定されています。隣には同じく樹齢600年の梅の木もあります。



「烏竹軒」の由来は、建物の周辺に生い茂っている黒竹からきているそう。



朝鮮時代は「男女有別」という儒教の考え方から、家族でも男女は分かれて生活していており、舎廊棟(サランチェ)は男性、母屋(アンチェ)では女性が暮らしていました。本来はつながっていたのですが、工事をした際に分離されました。



オンドル部屋や板の間、炊事場などがあります。







こちらの御製閣(オジェガッ)は「イ・サン」でも有名な朝鮮王朝第22代王の正祖(チョンジョ)により1788年に建てられました。



学問を始めたばかりの人を教えるために栗谷李珥が書いた擊蒙要訣(ギョックモンヨギョル)、栗谷李珥が使用した硯(すずり)が保管されています。





日本人の私にはあまりピンと来ないのですが、この写真を見て「本物?」とゴンさんが反応していました。韓国人にとっては親しみを感じるものなのかもしれないですね。









今回は時間の都合上、見学することができませんでしたが、栗谷記念館(ユルゴッキニョムグァン)には栗谷李珥の書や申師任堂の画などが展示されています。

烏竹軒と江陸船橋荘は近くにあるので、ぜひセットで訪れることをおすすめします。

【烏竹軒】
■江原道 江陵市 栗谷路 3139番キル24 [竹軒洞](강원도 강릉시 율곡로 3139번길 24 [죽헌동])
■電話番号:033-660-3301(烏竹軒市立博物館)
■休み:1月1日、ソルラル(旧暦1月1日)、秋夕(旧暦8月15日)※文成祠は常時開放
■観覧料:3,000ウォン
■アクセス:①東ソウル総合バスターミナルで江陵(カンヌン)行きバスに乗車し、江陵バスターミナルで下車(約2時間40分所要)。②江陵バスターミナルで下車後、タクシーで烏竹軒へ(約10分所要)。
■ホームページ→https://ojukheon.gangneung.go.kr/museum/main.jsp

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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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