鉄原(チョロン)渡り鳥の飛来地で鶴ウォッチング

先日参加したツアーの続きです。

DMZトレインに乗って鉄原(チョロン)に行き、手付かずの自然の中でタンチョウヅルやマナヅルなどが観察できるツアーです。「Koreaご当地シャトル旅(日帰り)」の冬限定観光ツアーとして、商品化されています。詳細はこちら。→Koreaご当地シャトル旅冬季限定特別企画「DMZ鶴ウォッチングツアー」

食後は、「DMZ鶴ウォッチングツアー」のハイライト、鶴鑑賞!鉄原(チョロン)の渡り鳥渡来地へ。鶴は、夏場はシベリアで繁殖し、寒い季節には朝鮮半島に飛来し越冬するのだそう。



鶴は非常に敏感な動物のため、ここからは大きな音を立てないよう気をつけながら、鶴の渡来地まで700mほど歩きます。



【鉄原渡り鳥の飛来地】
鶴の寝床と呼ばれる場所は、鉄原郡ドンソンウプイギルリに位置する漢灘江(ハンタンガン)上流地域。鉄原を訪れる渡り鳥が、昼間は鉄原平野で主に餌を食べた後、憩い場として利用したり、夜は寝床として利用する。

川沿いに鶴の観察小屋がいくつかあり、その中から鶴を観察します。





小屋には、禁煙区域と書かれています。



失礼しまーす。



鶴からは人影が気付かれにくい仕様になっているんですね。



壁には「静かにしましょう」と書かれた大きな垂れ幕。鶴の鳴き声が聞こえる。トゥルルルというような声。韓国語で鶴のことをトゥルミと言いますが、鳴き声から付けられているとか。



カメラを2台装備したアジョシにインタビュー。趣味で鶴の写真撮影をするため、ソウルから時々こちらに来るとのこと。



アジョシが撮影した写真を見せてもらいました。



目の周りが赤いので、マナヅルでしょうか。



サービス精神旺盛のアジョシは、皆の写真をそれぞれ撮ってくださいました。



その写真がこちら。この日、気温はマイナスだったので防寒対策は万全。



ズームの無いカメラでは、こんな感じ。肉眼では小さく見えましたが、写真では見えませんね。



自然が豊かな鉄原は、冬鳥の宝庫。タンチョウヅル、マナヅル、雁などが飛来するそうです。



小屋に貼ってあったもの。イノシシの群れでしょうか?



平和展望台に向かうバスの車窓からも、鶴の群れに遭遇。



鶴の家族は普通は2羽から4羽で、5羽とか6羽の家族はいません。これは夫婦だけであったり、その夫婦の子供が1羽または2羽が加わるからです。鶴の夫婦はとても仲が良く、どちらかが何かの理由で欠けるまで生涯共に暮らすようです。



天然の鶴を今回初めて目にし、今まであまり知らなかった鶴(タンチョウヅル)の生態などについて調べてみました。

タンチョウは漢字で「丹頂」。「丹」は赤、「頂」はてっぺんという意味で、頭のてっぺんが赤いためこの名前が付いた。頭の赤いところには羽がなく、ニワトリのとさかのようになっている。

大陸のタンチョウは渡りをし、冬は朝鮮半島や中国南部に移動します。ちなみに、現在の日本のタンチョウは、主に北海道の釧路に分布し、渡りをしないのだとか。

かつてはたくさんいた日本のタンチョウは、一時絶滅したと考えられていたが、釧路湿原で発見され保護活動が始まる。現在では、人間による餌付けで、1,000羽以上に回復している。

韓国でも鶴を天然記念物に指定し、保護しています。タンチョウヅルは天然記念物202号、マナヅルは天然記念物203号。貴重なんですね。ありがたい経験をさせていただきました。

一緒に参加していた方が素敵な写真を撮影されましたので、無断でこちらに貼らせていただきます。事後確認します。



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コメント

丹頂鶴

釧路のは餌ずけの鶴で、近くで・たくさん・簡単に・・でも、見にくい、撮りにくいながら鉄原のほうが自然系でいいかも。

その時、うれしげな観光団を見ながら詠んだわしの戯れ歌です。

■ 丹頂の 脚の細さに 比べれば 太きに過ぎる おばさんの脚


同行していたカミさんにしかられました。

Re: 丹頂鶴

敬助さん、釧路でタンチョウヅルを見たことがあるんですね!
釧路のタンチョウヅルは餌付けされているとのことで近いところで見ることができそうですね。
全然知りませんでした。一時は絶滅寸前だったのに、復活したとのことで私も見てみたいです。
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プロフィール

miki

名前 : miki

好きなもの:旅行、古いもの、ハンドメイド、節約、変なもの、おいしいもの、市場

タイ・バンコクの安宿で出会った9歳年下貧乏韓国人ゴンさん(Park Kunwoo)とスピード結婚。結婚当時は夫婦共に無職、夫の全財産は約2万円でした。

2004年〜初めてのタイバックパック旅行でタイにはまり、東南アジアを中心に一人旅をするように。

2009年12月〜バンコクの安宿で、日本語ペラペラ9才年下の韓国人ゴンさんに出会い一目惚れ。プロポーズされ、約2週間交際。

2010年3月〜3ヶ月ぶりにゴンさんに会うため韓国へ。韓国で約3週間交際。35歳の誕生日に籍を入れることを目標に、2人で日本へ。

2010年4月〜日本に帰国した翌日、家族全員に紹介しないまま入籍。愛知県一宮で新婚生活がスタート。

2010年9月〜台湾、スリランカ、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、中国などの国々を夫婦で放浪。その後しばらく別居。

2011年12月〜ゴンさんはインドでガイドとして働くことになりインドへ。私も後からインドへ。

2012年3月〜ゴンさんが痔になり、急遽タイの病院へ。しばらくタイで静養生活。

2012年4月〜ゴンさんは韓国、私は日本へそれぞれ帰国し、しばらく別居生活。

2012年6月〜ゴンさんがソウルで勝手に物件契約。仕方なくアジアン雑貨店「南山アソーク」をオープン。

2012年12月〜南山アソーク閉店。夫婦でインド旅行。

2013年3月〜ゴンさんはニュージーランドへ。約半年間の別居生活。

2013年9月〜ついに韓国で部屋を借り定住。家賃は月23万ウォン。

2014年3月〜私達夫婦の出会いから結婚、放浪、貧乏生活などのエピソードが書籍に。韓国のソダン出版よりPark Kunwoo著「글로벌거지부부(グローバル乞食夫婦)」出版。

2014年6月〜ソウルに残るタルトンネ(貧民街)に引っ越し。家賃不要のチョンセ物件でのんびりとした生活が始まる。

2014年12月〜ソウルの寒さから逃れるため、約3ヶ月間、夫婦で台湾徒歩一周。

2015年3月〜Park Kunwoo著「글로벌거지부부」翻訳版が台湾で出版される。

2015年5月〜ゴンさんが韓国の大手旅行会社で添乗員として働きはじめ、貧乏脱出。

2016年5月〜ゴンさんは自由に生きることを選択、大手旅行会社を辞める。

2016年9月〜ゴンさんは添乗員、私はツアー客としてスペインサンティアゴ巡礼ツアーに参加。フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの約800kmの巡礼路を踏破。

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